2011年9月アーカイブ

私も、谷口屋に嫁に来てからもう何年になるだろう。

はや、33年が過ぎ去った。

私が嫁に来た頃は1日に50枚の油揚げをつくって、いい方だった。

竹田の中の『トウフヤ』だだ、それだけの名前。

特別な呼び名なんてなかった。

春と秋は何日も日中は玄関に、鍵がかかっている。

山菜採りに出かけてしまう。

店にかぎをかけ、私は、山の登り口まで送っていく。

急ぎ、店を開け、指定された時間になると、

また、店に鍵をかけ迎えに行く。

春は、特に忙しい。

もち米を精米し、洗って、軽トラックの後ろでお日様に干す。

何日も。

その間に、笹の葉をとりにいく。

これも、いい葉っぱをとらないといけない。

とってきた葉っぱは、水に沈めておく。

しっかりほせたら、石臼で引いて粉にする。

今度は、これにおゆをいれこねる。

よくこねたら、可愛いひとにぎりほどの三角すいにかたちを整える。

これを『もろびた』にいっぱい並べる。

笹の葉を5枚使って、くるくると三角すいの餅を巻いていく。

最後はキュキュと締まる音をたてて、すげの葉をさいたものでまいていく。

これを1000本、2000本とつくる。

これは、売り物ではない。

主人のお姉さんが嫁いだ先にほとんど、すべて、あげるのだ。

一日中朝から、夕方まで巻き続ける。

店番をしながら、(そんなにたくさんのお客さんではないが)巻き続ける。

それをすべて茹で上げて、熱々をおじちゃんがバイクで(この頃は、まだ車の免許がない)持っていく。

1日ではできないので、数日かけてつくる。

また、ぜんまい取りも、朝早くに山に登り、昼か、昼過ぎにはかえってくる。

それからがたいへんだ。『せなかて』いっぱいになったぜんまいをうちのなかに空けるのだ。

ぜんまいの綿取りである。家族みんなで始末をする。

その日のうちに始末をして、茹でてしまわないと、ぜんまいが山に帰ってしまう。と言われている。

固くなってしまうのだ。

この次の日からがまたたいへんなのである。

ぜんまい干しである。

前日茹でたぜんまいは、『むしろ』に10枚あまりあると、

店番しながら、くるくるくるくる、ぜんまいを揉んで干してゆく。

天気がいいと、よく干せるので、美味しくするために、より一層こまめに回してやらないといけない。

こんなふうに、春は忙しいのです。

 

よく、頑張ってきました。

 

竹田は、あまりに山奥で、

あまりもの静けさで、寂しくて、寂しくて。

そんなところでした。

 

しかし、その頃ダム建設でトラックが頻繁に行き交うようになってきます。

この頃は、山口ダムといわれていました。

なぜ、山口ダムか。

竹田は四つの村に別れていて、下のほうから、

山竹田(下と呼んでいる)、山口、岡、曽谷(そたんと呼んでいる)

その中の山口の奥の方に造るので、

山口ダムと呼ばれていた。

 

 

この頃からだろうか。

ダム事務所に谷口屋のあげが使われ始めた。

竹田の人意外の人が食べていただけることになった。

 

なんだか

見たことのない人が増えてきたなあ。

村の人はほとんど 

ツケ( 半年に1回の支払い )で

買っていたので

旅の人( 竹田以外から来る人のこと )が

現金で買っていく。

 

 

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